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実験スピリッツ

経済・市場・思想の陰謀論をまとめます(ネタ要素強め)

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【哲学】人はなぜ生きるのか。

哲学 暮らし

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ちょっと前に僕はハードワークを必要とする仕事についていました。今は退職して幾分マシな労働環境に身を置いていますが、まじで青息吐息、ぜーぜー言ってた。

その過酷な環境で僕は「なぜヒトは生きるのか。なんのために人生を過ごすのか。」という哲学的問題について考えていたことがある。

結構本気でロダンの考える人の格好を真似してでも考えた。お風呂で裸になってみた。でも全然分からなかった。

24歳くらいの自分にとって大きな問題で、悩んで眠れない夜もあった。

まず、始めに考えたのは、人の生きる理由は人それぞれだということ。

そして、生きる理由はその人の色んな感情がミキシングされてよりブレンディーで上手く表現出来ないコーヒーの味のようなものだと思っている。

人にはそれぞれの生きるときの価値観がある。お金、地位、愛、名誉、自己実現、社会的存在意義の獲得、etc。それらを手に入れるために人生があると考える人々がいる。つまり「目的、目標のために生きる」という理由。

大抵の場合、これらの内のどれかが生きる理由の1つになり得る。

愛する子どものため。叶えたい夢のため。社会を変革させたいという欲求。

それらを実現するために人は生きている。でもちょっと待った。大きな問題がひとつある。

これらは自殺志願者にとっては心底どうでもいい問題だ。自殺志願者は「生きる理由」などないと思っているのだから。
でも他人から彼らを見る時、彼らの生きる理由はいくらでも見つけられる。

つまり、彼らも喜んで自殺を望んでいる訳ではなく、選択肢がないほど追いつめられている状態になったはず。

だから心底死にたいと思う彼らにも本当は目的、目標のために生きるという理由は存在するはずだ。

そうなるとやっぱり、人が生きる理由は目的や目標の為なのだろうか。

でもこれは人が生きる理由という問題にハッキリした回答になっていないような気がする。うーん分からない。

もしかすると考えて得られる答えは本当の答えじゃないのかもしれない

一度あなたも真剣に胸に手を当てて考えてほしい。いや、一緒に考えて下さらないでしょうか。

「あなたはなぜ生きるのですか?」

目標のためとか欲求を満たすためだけに心底生きたいと思えるだろうか?
もしかすると、なぜ生きるのか?という本質的な問いには、人の本能あるいは性質に従うべきであり、理性的に考えられる問題ではないんじゃないだろうか。
答えはもっと簡単で、人は死にたくないから、生きる。

お金や名誉などは死を考えたときに全く問題ではなくなる。だから死にたくないからという理由以上の理由はない。
そんな風に考えたとき、自分はもっとシンプルに生きたいと思った。もういいそれで。そうやって曖昧にしておく方がいい。考えるだけ無駄な気がする。

こんな無駄なことを考えるやつに限って、案外大したことはないというのが世の常なのだよ。

こんな悩みももうOWARI。コングラッチュレーション。グラッチュレーション。グラッチュレーション。

おしまい。